リモート稽古で演出を付ける際に意識していること

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リモート稽古で演出を付ける際に意識していること

Noah Revの企画では、通話アプリ・Discordを使用してリモート稽古を行っています。私は演出家として稽古に参加し、キャストさんのお芝居をリアルタイムでディレクションさせていただいております。

この記事では、私がリモート稽古で演出を付ける際に意識していることのうち、特に重要だと感じている項目を3つピックアップしてご紹介します。

演出家とは?

この記事における演出家とは、作品のクオリティに関する責任を負う立場のことです。キャストおよび各方面のスタッフに対して仕上がりの方向性を示すのが役目であり、作品制作の実質的なリーダーです。主に舞台作品の現場で使われている用語であり、映画における監督と同じような立場と考えてよいと思います。

以上を踏まえ、私が稽古で意識していることをご紹介します。

※私は脚本と演出を兼ねているケースがほとんどなので、演出を付ける際の前提となる脚本の読み解き方については、この記事では割愛します。

①演出プランを事前に公表しない

キャストに対して「こういう感じで演技して欲しいです」というようなこと(=演出プラン)をあらかじめ伝えず、まっさらな状態で稽古に臨むようにしています。

その理由は大きく分けて2つ。

キャストの自由な発想を潰さないようにするため

私はキャストと一緒に最適解を導き出すというスタンスで演出を付けています。もちろん自分の脳内にある程度の演出プランは用意していますが、それだけではなく、演出家では思いつかないキャストならではのアイディアをうまく取り入れることで、キャラクターがよりキャラクターとして生きられると考えています。それが稽古の面白いところの一つです。

事前にお芝居の方向性を伝えてしまうと、キャストは自分の役に対して「そういうものである」という先入観を持ちながら脚本を読んでしまいます。真面目に取り組んでくれるキャストほど演出家の言葉を注意深く聞くものであり、それが徒となって可能性を狭めてしまうのは勿体ないことです。

もちろん、作品全体が向かうべき方向を考えた時、キャストのやりたいことが一人歩きしてしまう状態は避けねばなりません。その軌道修正は演出家の仕事です。

ほとんどの場合「コレジャナイ」になるため

キャストに事前にイメージを伝えても、演出家が思い描いてたようなお芝居にならないことがほとんどです。言葉の解釈には齟齬が生じるものだからです。リモート稽古でお互いの顔が見えない状態であれば尚更です。

例えば、「優しいギャルっぽい感じでお芝居してください」と事前に伝えたとします。しかし、その時点で演出家が思い描く優しいギャルと、キャストが思い描くそれは、それぞれ送ってきた人生が違う以上、まるで異なるイメージが形成されているはずです。労いの声をかけてあげるような優しさもあれば、敢えて厳しいことを言う優しさもあるし、何も言わずそっとしておく優しさだってあります。ギャルに対する認識も人それぞれです。抽象的な指示は大抵の場合うまくいきません。

「では、もっと具体的に指示すればいいのでは?」と思いきや、事前の指示が具体的になればなるほど、前述の通りキャストの自由な発想を潰すことになってしまいます。そもそも、優しいギャルで読まないほうが面白いシーンに仕上がるかもしれないですからね。

そうであれば、解釈はキャストの読み込みに委ね、稽古の中で演出家とすり合わせをしていく方が結果的に効率が良いですし、斬新なアイディアが生まれやすくなります。どのみち解釈に齟齬が生じるならば、逆にそれを活かす可能性を残した状態で稽古に臨むのが一番良いという考え方です。

②キャストのやりたいことに付き合いすぎない

いやしくも表現者であれば「少しでも爪痕を残したい」と思うものです。爪痕を残すというのは個性の爆発と言い換えてもいいでしょう。『声優さんを選考する際に意識していること』でも書きましたが、私自身もキャストの個性は大事にしています。ですが、敢えてキャストの個性を抑える判断をせねばならない時があります。

シーンにはそのシーンの主役というものが必ず存在します。特定のキャラクターにスポットが当てられている場合、その他のキャラクターは引き立て役に徹するべきであり、引き立て役が悪目立ちすることは避けねばなりません。ですが、キャストの役割がキャラクターとして生きることである以上、そのシーンにおける自らの立ち位置を見失ってしまうことがあります。そんな時こそ、シーンおよび作品全体を俯瞰して見られる演出家の出番です。

個性を抑える指示というのは、される側はもちろん、する側にとってもストレスになり得ます。だからといって、キャストのやりたいことを全て肯定するのであれば、そもそも演出家は必要ないのです。キャストの個性を活かすところは活かし、抑えるところは抑える、そんなメリハリが作品をより良いものにしてくれます。そのためには、キャストと演出家の信頼関係が必要不可欠です。お互いの顔が見えない分、言葉選びや伝えるタイミングにはいつも以上に注意する必要があります。

③誰よりも作品に対し熱意を持ち、関係者をワクワクさせる

見出しの内容について説明する前に、私が舞台演劇に関わっていた時代、知り合いの俳優から聞いた話を紹介します。

彼はその時、演出家がキャストを怒鳴りつける稽古場に参加していました。彼はその演出家から、演技指導の枠を超えて、プライドをズタズタにするようなことを言われていたそうです。特定のキャストだけではなく全員に対してそうしていたようなので、敢えてそういうスタイルを心がけている演出家なのだと思います。彼は「もうあの稽古場に行きたくないんだよね」と真情を漏らしていました。

演出にもそれぞれのやり方があるので、私はその演出家を否定をするつもりはありません。「厳しくしてもらったからこそ、役者としてステップアップできた」という感想を抱く参加者もいたようです。ですが、私はその話を聞いた時、「自分が演出家なら、そういうやり方はしないな」と思いました。

そもそも我々が目的とするのは、作品を通して観客をワクワクさせることです。では、関係者同士がギスギスした状態で作られた作品が、観客を心からワクワクさせられると思いますか?私はそうは思いません。

一方で、作品制作は楽しいことばかりではなく、むしろ泥臭い部分が大半を占めているのも事実です。一度でも制作の現場に関わってみれば、それは嫌でも分かることです。やりたいことをやるためには、やりたくないことをたくさんやらなければなりません。我々のようなインターネット発の企画は、孤独な時間も多くなります。だからこそ、実質的なリーダーである演出家が、関係者が楽しめるような工夫を率先して行うべきだと考えています。

Noah Revの企画で行ってきたワクワクの具体例は以下の通りです。

  • 初稽古のアイスブレイクで『ウミガメのスープ』をプレイする
  • 体制参加者がやっている配信をみんなで観に行く
  • 体制参加者用のDiscordサーバーにオリジナルの絵文字(登場キャラクターの顔が使えるようになる)を実装する
  • 最終話の脚本の内容を、最終話に出るキャスト以外には敢えて公開しない(プレミア公開で初めて結末が分かるようにする)
  • 情報解禁日には全体に向けて事前連絡をして盛り上げる
  • 専用Twitterコミュニティを作って関係者同士でクローズドな交流をする

etc…

『.REVIVE[ドットリバイブ]』の体制参加者向けDiscordサーバーで使えるオリジナル絵文字

不思議なもので、私がワクワクするような仕掛けをすると、関係者も便乗して色々考えてくれるようになります。やっぱりみんなエンターテイナーなんですよね。

業務的に済ませればいいような連絡でもワクワク感は大事

この記事で言いたいこと

演出家はリーダーであるが、キャストとは対等である、というのが私の考えです。リーダーとフォロワー、どちらも欠けてはならない存在であり、互いにリスペクトし合ってこそ良い体制が成立します。

演出家がどのように振舞うかで、作品のクオリティおよび現場の雰囲気の良し悪しは大きく左右されます。打ち合わせや稽古場ではもちろんのこと、普段のSNS運用でも、ネガティブなことを極力発信しないように心がけています。関係者が不安になってしまうような状態で、本当に良いものは作れないと考えているからです。

リーダーだから尊敬されるのではなく、尊敬されるからリーダーになれるということを肝に銘じつつ、今後も演出家として作品制作に関わっていきます。