こひらみかん 様の声劇企画『JOKERS』を全編聴取いたしました。
作品の形式としてはサウンドオンリーの「声劇」(=ボイスドラマ)であり、Noah.revがこれまで制作してきた映像演出付きの「ビジュアルボイスドラマ」とは趣が異なります。ですが、企画/脚本/編集を担当しているこひらみかん様については、インターネット発の企画を出していること、声優さんを起用する作品制作をしていること、キャラクター創造の考え方など、Noah.revとの類似点があり、誠に勝手ながら個人的に意識している作家さんの一人でもあります。
今回『JOKERS』を完走したことで刺激を受け、また大変楽しませていただいたため、拙筆ながら感想を綴ることにしました。
タイトルの通り、ネタバレには配慮をしていない記事となりますので、気になる方は自衛をよろしくお願いいたします。
あらすじ
とある時代、とある国。
港に面した少し物騒な下町ロヴェーレに「Café & Bar JOKER」という店があった。
オーナーのイザベラはこの店を「何にでもなれる場所、誰もがトランプのJOKERになれる場所」と言い、客の相談にのったり仲介役をしたり、助けを求める客の頼みなら危ない橋もたまに渡る。
これはそんな店で働く、家族のような店員たちの物語。
声劇企画『JOKERS』公式ウェブサイトより
『JOKERS』はイザベラに近づく物語
本編はプロローグ+全5章であり、それぞれの章はCafé & Bar JOKERのメンバーの誰か1人にスポットが当てられたストーリーとなっています。
Prologue
↓
1.Alicia
↓
2.Louis
↓
3.William
↓
4.Alan
↓
5.Izabella
イザベラがCafé & Bar JOKERを開業するまでに出会った仲間たちは、時系列で並び替えるとアラン→ウィル→ルイス→アリシアとなるので、各章の主役順とちょうど逆になります。つまり、徐々にイザベラの原点に近づく構成となっていることが分かります。
ですが、プロローグから「4.Alan」までは、聴けば聴くほどイザベラのことが分からなくなるというのが面白いところです。仲間たちの過去や人物像が徐々に判明していくのとは対照的に、イザベラは不気味なほど隙がありません。完成された人間としての振舞いを見せ(欠点らしい欠点は「朝に弱い」ぐらい)、過去を匂わせる描写もほとんどなく、しかし「ただものではない」ことだけは分かる……「4.Alan」まで、イザベラはそういった立ち位置のキャラクターでした。
だからこそ、最終章である「5.Izabella」に突入する頃には、「ようやくイザベラのことが知れるやん!」と思わされていたのと同時に、作品としての盛り上がりのピークも同章にしっかり集約される結果となりました。これに関しては、紛れもなく構成の妙だと思います。
過酷な世界を生きる登場人物たち
路いろ氏が手がける『JOKERS』のキャラクターイラストはどれも愛らしく魅力的ですが、反面、作品の舞台となるロヴェーレは治安が悪く、悪党が跋扈する過酷な世界観となっています。そのあたりの事情は「1.Alicia」や「2.Louis」の時点でも描かれており、2人は子どもながらにして両親を失うことになりました。
こういった過酷の描写について、『JOKERS』は少ない言葉でさりげなく表現する傾向がありました。ルイスの母親が息子のために働きに出て、その仕事内容を匂わせるシーンなどが特に印象的だったのですが、こういったところでサウンドオンリーの利点が存分に活かされています。
また、我々にとっては過酷であっても、ロヴェーレに生きる人々にとってはそれが日常であり、大人たちの会話の話題にサラっとそういう要素が出てくることで表現されているのも巧いです。視覚情報が無い分、少ない情報で想像させられるのは、ボイスドラマや小説の良いところです。
イザベラと「利他の精神」
『JOKERS』の中で誰が好きかと言われると、様々なキャラクターが挙げられますが、私はなんだかんだ言ってもイザベラです。イザベラは物語全体の主役として相応しい魅力と深みを持つキャラクターであり、「5.Izabella」で明かされた過去とその描写は全編を通して最も印象的でした。
私がイザベラについて思うのは、彼女の生き方の方針は『北の国の魔女』を演じきった時点で確定していたのではないか?ということです。
舞台開演の直前にダンの訃報を耳にし、歌劇団の仲間からもすぐに彼の顔を観に行くように言われたにも関わらず、イザベラは女優としてステージに立つことを選びました。それはイザベラを歌劇団の世界に導いたダンに対する究極の愛だとも、「人のために役割を演じる」という呪いのきっかけだとも取れますが、いずれにしても「自分よりも他者を想う」というのは、Café & Bar JOKERでイザベラがやってきたこと、そしてこれからもやっていくであろうことに他ならないわけです(このことが、これまで決して表舞台に出てくることの無かった劇作家のセシルが、物語終盤にイザベラに力を貸すきっかけにもなりました)。
ダンを失った後、イザベラは一時的に自暴自棄に陥りますが、そんな中で彼女を再起させてくれたのはアランです。アランは、純粋な「利他の精神」でイザベラのことを助けました。それがイザベラの過去に対する解釈を変え、「利他の精神」で行動を続け、周りに仲間とお客さんが増えていった━━━というのが、作中のイザベラの経緯となっています。
『JOKERS』のメインキャラクター達はそれぞれ、人生の可能性を不当に狭められていた過去や、身内の不幸による深い絶望を経験しています。彼らを陥れたのは決まって「利己的な人間」でした。ですが、そこで「利己」に溺れることなくあくまでも「利他」で戦い続け、結果的に「トランプのジョーカーのように何にでもなれる場所」を守ることに成功しました。
「利他の精神」こそが、自らの人生というカードを切るために必要なものである━━━『JOKERS』では、そういったことが描かれているのではないでしょうか?
イザベラ以外で印象に残ったキャラ
イザベラ推しすぎてイザベラのことばかり書いてしまったので、他に印象に残ったキャラクターについて書いていきます。
ゲイル
どんな緊張感のある時でも余裕を忘れず、面倒見のいい兄貴分であり実力者、そしてそれを見事に演じ切るちゃけのこ氏。こんなんみんな好きになるに決まってますよ(圧)。スピンオフの『SP』では実質的な主役を務めるそうで、それも納得の名脇役でした。
エリック(カレン)
ゲイルと並ぶ癒し枠。「ジェンダーをその日の気分で使い分ける」というのは、あまり見たことが無いキャラ造形で新鮮でした。エリックとして出てくる場面が多い印象なので、生物学的には女性だけど、どちらかというと男性の方が主人格(?)なのかも。このあたりの事情は『SP』で描かれるのでしょうか。
ローズマリー
ウィルがかつて仕えていたお嬢様。「4.William」後半の「純真さに付け込まれて、すっかり籠絡されてしまったんだなぁ……」と心から思わせてくる、年頃の少女でありながらも仄暗さを垣間見せるような、恋摘もなか氏の繊細なお芝居がお見事でした。
ニコラス
アランがかつて勤めていた娼館のオーナー。『JOKERS』の中でも群を抜いて声が本人すぎたキャラクターです。CVのおーたむ氏は拙作『.REVIVE[ドットリバイブ]』にも出演していただいており、同作でも悪役を演じていますが、本人曰く悪役の原点は『JOKERS』なんだとか。キャスティングした当時はニコラス役を演じられていたことは知りませんでしたが、こうして過去出演作について知ると感慨深いものがあります。
最後に
『JOKERS』作者のこひらみかん様がパーソナリティの1人を務める『なるこひラジオ』にて、拙作『.REVIVE[ドットリバイブ]』の紹介をしてくださっていました。
他、作品作りについて興味深いお話が聴くことができます。よろしければ是非。