箱舟壱座のラジオドラマシリーズ『グレート・オッド・ワン』が、先月完結いたしました。再生していただいた方は、ありがとうございます。様々な試みを作品に仕込んできたシリーズとなりましたが、いかがでしたでしょうか?
この記事では、『グレート・オッド・ワン』完結後の今、作品制作の振り返りと裏話について書いていきます。
なぜ”AUDIO ONLY”なのか?
今までの箱舟壱座では、ビジュアルボイスドラマやオリジナル曲+MV、映像作品を制作してきました。しかし、『グレート・オッド・ワン』は、OP/EDやオーディオスペクトラムの演出はありますが、本編の部分はオーディオオンリーとなっております。これまでと違う方向に舵を切ったということには、それなりの意図がありました。
郷に入っては郷に従え
私の作品に出ていただいている声優の皆様は、俗に【ボイスコ(※ボイスコーポレーターの略。ネットで活動する声優のことを指す慣習的な言葉)】と呼ばれており、ボイスドラマという媒体で作品を発表されていることが多いです。X(旧Twitter)では、定期的にテーマに沿ったボイスドラマを発表し合うという文化も存在しています。
私は『夢見月の終着点』という作品から活動を開始したのですが、その時点では【ボイスコ界隈】を認識しておらず、活動を続けるうちに迷い込んだ形となっています。『.REVIVE[ドットリバイブ]』の時点で【ボイスコ】の方が参加してくれるようになり、先に述べた文化を知っていったわけです。
私はこれといって【ボイスコ界隈】を強く意識しているわけではないのですが、私の周りに【ボイスコ界隈】に身を置いている方が多い以上、まずはそこから地盤を固めていくことが重要であると考えました。ゆえに、箱舟壱座のオーディオオンリー作品を作ることを決めたわけです。
ラジオドラマとボイスドラマの違い
呼び方が違うだけで、同じことを指していると私は認識しています。強いて違いを上げるとするならば、商業のニュアンスが強い言い方がラジオドラマであり、そうでないもの(そうとは限らないもの)がボイスドラマ、なのかもしれません。
今回ラジオドラマという呼称を採用したのは、単純にそちらの方が検索数が多かったためです(Googleトレンド調べ)。
媒体としてのラジオドラマの特徴
視覚情報が無いということについては、小説に近しいものがあります。敢えて情報量を絞ることで、聴き手の想像力が働き、映像にはない表現をすることができる───今回企画するにあたり、そういった特徴に注目して作品制作を行いました。
それを踏まえた上で、次は各Sceneのコンセプトについて簡単に触れておきます。
※ここからの内容は『グレート・オッド・ワン』のネタバレを含みます。
各Sceneのコンセプト
Scene1「とあるアパートの一室」
『グレート・オッド・ワン』を構想する中で最初に思いついたシチュエーションです。
「耳だけで情報を得る」状況って何だ?と考えた時、まず浮かんだのは賃貸住宅における隣人の話し声でした。なんてことはないカップルの乳繰り合いだと思っていたら、奇天烈なやりとりが聞こえてくる。リスナーが音声情報を注意深く処理することを逆手に取り、違和感を植え付けることを目指した作品となります。
エチゼン、カミクラのカップルの怪演はもちろん、コーモトのツッコミっぷりも好評でした。第1話ということでとにかくインパクトを意識したエピソードであり、いただいた感想を拝読した限りでは、その試みはうまくいったのではないかと手ごたえを感じています。
Scene2「ラジオブース」
音声だけのコンテンツといえば、ポピュラーなものにラジオがあります。
このエピソードでは、Scene1の違和感の正体をより具体化すること、そして『グレート・オッド・ワン』が作中世界の様々な【シーン】を切り取る作品であることを示すことが目的となっています。声優陣のお仕事が見事で、そのままラジオとして聴けてしまうようなクオリティに仕上がったのではないでしょうか。
ちなみに、構成作家の名前は「ヤナギダ」(コイズミが一瞬呼んでいます)と言いますが、彼はオクトパス族という設定があります。
Scene3「運送会社のトレーラー」
このエピソードはScene2のラジオを何者かが聴いているところからスタートします。Scene1,2は全く別のロケーションでしたが、実はそれらが地続きになっているのでは?ということを示唆する演出となっています。
ここまでくるとリスナーは、『グレート・オッド・ワン』の世界がどのような状況なのか、その全貌を理解し始める頃だろうと想定していました。
ちなみに、このScene3にトゲっちというキャラクターが登場するのですが、想像以上に人気で驚きました。脚本としても「トゲっちを活かす」話だったというのは声優陣に伝えておりましたが、ここまで印象に残ったのは、トゲっちはもちろん、それを引き立てるアカガミ、クロヤマを担当した声優陣の努力の賜物だと感じます。
Scene4「研究所」
『グレート・オッド・ワン』の世界の核心に迫るエピソードです。
アパート、ラジオブース、運送会社のトレーラーと、それまでは日常的な風景(我々にとっては非日常ですが)を切り取ったエピソードでしたが、そこからガラリと雰囲気が変わり、“SF”ブラックコメディとしての色合いが強くなっています。
このエピソードは声優陣の声質のバランスが絶妙で、かなり個性的な方が4名集まった作品となっています。ラジオドラマ(ボイスドラマ)を制作する方からは、「似た声質の人は区別がつかなくなるからキャスティングがしにくい」という話をよく聞きますが、そういった問題は一切感じることなく制作することができました。
この時点で作中世界の全貌はほぼ判明し、その上でトラブルが発生、じゃあ次の最終話はどうなるんだ?という流れとなります。
Scene5「シェルターの遺物保管庫」
締めのエピソードとなります。満を持して哺乳類由来の種族が登場。Scene4から大きく変わってしまった世界の中で、シイバというキャラクターが彼を慕う少年・サラブに、「生きるとはどういうことか」というテーマを彼なりに語りかけます。
全体的にどこか哀愁が漂う、最終話にしてシリーズの中で異色なエピソードに仕上がりましたが、SFブラック“コメディ”の部分を担保してくれるのが、ラグドルとエリマネだったと思います。そういった意図を声優陣の皆さんもしっかり汲んでくださり、緊張と緩和のコントラストが浮き出たエピソードとなりました。
言うまでもなくエリマネは名前ではなく役職であり、彼はカンガルー族という設定があります。
制作を終えて
学びが多い体制でした。
編集においても新しく覚えたことをたくさんアウトプットしましたが、何よりもラジオドラマという媒体に対する可能性を見出すことができ、今後の活動の幅が広がったように思います。今後さまざまなエンタメを発信する中で、貴重な時間だったことは間違いありません。
余談ですが、『グレート・オッド・ワン』の脚本を書き上げた後、「自分、かなり擦れてきたな」と思いました。Scene5で取り扱ったテーマは、『夢見月の終着点』において、キャラクターたちがたどり着いた結論に近しいものがありますが、今回はより退廃的な印象を受けます。
書き手の変わらない部分と、時を経て少しずつ変わっていった部分、そういったものを客観的に見つめ直すことができるのも、創作の面白いところだと思います。
次回作について
次もラジオドラマの予定です。
『ヴァスカレイド』から『グレート・オッド・ワン』までは約1年の期間が空きましたが、次はだいぶ早く発表できると思います。
voyage code:TCM。
また次の世界でお会いしましょう。