オーディオドラマスタジオ「Production Luna Nova」制作のオーディオドラマ作品『四度目のめぐり逢い』を聴取しました。
「Production Luna Nova」は前回記事で取り上げた「にくじゃが」と同じく第4回ラジドリコロシアムで競い合った団体であり、出場作は同大会で準優勝を獲得しています。大会終了後、Luna Nova代表の月宮はる氏とNoah RevがXスペースにて対談を実施、その後も交流が続いており、箱舟壱座とは理念や作風は異なっていても、目指しているところはさほど遠くないと互いに認識していることもあって、個人的に活動を楽しみにしている制作チームの一つです。
そんなわけで、昨年11月に公開された、Lune Nova2年ぶりの長編作品と銘打たれている『四度目のめぐり逢い』につきましては、「こりゃあ、聴いて感想を書かねばなるまい」という想いがあり、筆を執った次第です。
タイトルにある通りネタバレありです。未聴取の方は以下より聴取ください。
あらすじ
2011年、秋。
中学3年生というタイミングで、それぞれ異なる環境の中進路に迷う樹と佳澄。
そんな時、ふたりが密かな楽しみに聞いていたラジオをきっかけに、一度目の“すれ違い”が起こる。5年が経過した2016年。
大学生になった樹と佳澄は、お互いの生活の中で忙しなく夢を追う日々を送っていた。
そしてとある夜、偶然を装いながら二度目の“すれ違い”を経ることになる。2020年、春。
社会人として夢を叶えたふたりだったが、新型コロナウイルスが猛威をふるい始め、悩み迷いながら暗中模索を繰り返していた。
しかし、目に留まったひとつの記事がきっかけで、運命の糸が再度交差する。三度のすれ違いを経て、舞台は2025年、秋へ──
15年という月日の答え合わせをするように、
『四度目のめぐり逢い』YouTube概要欄より
ふたりは四度目のめぐり逢いへと導かれていく。
いきなり私事で恐縮なのですが、私はラジオが好きです。今も毎週欠かさずに聴いている番組があります。そんなラジオを聴いていて思うこと。
どんな人間であっても、生きていれば様々な想定外のことが起こります。
家族とのすれ違い。友人関係の終わり。仕事での大きな失敗。はたまた、疫病や軍事行動、センセーショナルな事件などの情勢の変化。それらが身に降りかかり、不安に苛まれている時も、番組のパーソナリティたちはプロとして普段通りのトークを繰り広げてくれます。それに、ただそれだけのことに、たまらなく癒される瞬間があります。
ラジオに限ったことではありません。好きなTV番組でも、好きなゲームでも、好きなアーティストのライブでも、好きなクリエイターの作品でも。あらゆるエンタメが人を救う、なんて大層なことを言うつもりはありません。しかし、「もうすぐ好きな番組がやる日だから」、「もうすぐ新作が出るから」、「それまでは頑張ろう」……それぐらいの、人々の背中をほんの少しだけ押す力を、エンタメは確かに持っている。
その事実を、この作品はとても丁寧に描いています。背中をほんの少しだけ押してくれるエンタメとして、ラジオを取り扱っているのはとても秀逸です。「作中作」としてラジオが流れることにより、それを聴いている登場人物の体験を、リスナーも自然に追体験することができるからです。この点において、『四度目のめぐり逢い』は、オーディオドラマが最も表現に適した媒体となっていると言えるでしょう。
聴かせる力
この作品は、登場人物に変化は起きるのですが、激しい起伏はありません。それが長編として約80分続くのですが、聴いていて全く飽きる瞬間がなく、作品終了までの体感時間は早く感じました。長尺でリスナーの興味を持続させようと思うと、中盤から終盤にかけて劇的な展開を畳みかけるというのが手段として挙げられますが、Luna Novaの作品は原則としてそういった道を選びません。終始居心地の良い劇伴と芝居がうまく作用し、リスナーは凪のような時間を過ごすことになります。そこには、先に述べた「普段通りのラジオを聴いて癒される」という体験と似通った部分があります。これは、脚本の構造が絶妙に練られているからこそ成り立っていることです。
例えば、三度目のすれ違いにあたる2020年は、作中でも現実世界と同じように新型コロナウイルスが流行します。このあたりは大きな変化であり、我々の世界とリンクし始めるところなので、リスナーも作中で起きるイベントの当事者になった気分になります。このあたりの展開が中盤に差し込まれているのが巧いです。それまでの丁寧な主人公二人の人物描写と、「歴史再解釈もの」的なエッセンスを持つ中盤からの展開により、物語の終結まで一気に聴取者を連れて行ってくれます。
そして四度目のすれ違い。いよいよ二人が互いの素性を認識した上で対話をする。これはすれ違ったというよりも「邂逅」、「めぐり逢い」と呼ぶべきかもしれません。しかし、それを経て彼らはまた自分たちが歩むべき道に戻っていく、という意味では、やはり「すれ違い」なのでしょう。その後、彼らが五度目にめぐり逢うのかどうか、その果てに何かが結実するのかどうかは、作中では描かれません。それ以上、何か重要な意味を果たすのかもしれないし、果たさないかもしれない。その答えは誰も知らない。人生とはそういうものだからです。この物語はそれでよいのです。
敢えて描かない、これは「リスナーを信用している」ということの証左でもあります。
リアリティラインについて
リアリティラインという概念があります。作品におけるストーリーの現実度と、その一貫性のことです。『四度目のめぐり逢い』で起こっている出来事は、SFやファンタジーのような神秘性はなく、現実でも起こり得るようなことで構成されています。つまり、リアリティラインが高い作品と言えるわけです。
基本的にその高いリアリティラインは保たれているのですが、それ故に聴いていて気になることが一つありました。それは、主人公二人に対するカウンターとなる考え方を持つ人物や、師匠にあたる人物の物分かりが、いささか良すぎるきらいがあるということです。
これは、理念に沿った作品作りをするための、凪のような時間を保つための意図的なものだと思います。
例えば、本来、息子のために弁護士の道を丁寧に舗装してきたような父親なら、息子から違う道を志すと宣言された時、激情的になってもおかしくはないと思います。もちろん、裏では激しい感情が蟠っていたけれど、作中ではそれを敢えて切り取って描いていない……、という解釈もできなくはないのですが。
これはかなり悩ましいな、と思います。私はリアリティラインの高い作品をほとんど作らないし、恐らく今後も作ることはないので、「じゃあどうすればいいんだ」という疑問に対するアンサーは(提唱しておいて無責任なのは承知ですが)、出すことができません。いずれにしても、どこまでリアリティラインを追求するか、というのは、それが高い作品を作る上で、永遠の課題になるのだと思います。
こういったジャンルは私には手を出せない領域なので、創っている方々は本当に凄いなと思います。
最後に
この作品は2026年2月現在、1万回再生を突破しています。YouTubeで公開されているオーディオドラマでこれはかなり高い数値です。
私が認識している、Luna Novaにあって箱舟壱座にはない明確な強みとして、「オーディオドラマを全く知らず、エンタメに精通しているわけでもない人に勧めやすい」というのがあります。
オーディオドラマ界を盛り上げるにあたり、その広い入り口となる作品は必要不可欠です。そういった立ち位置の作品を制作し、広めていける団体として、今後のLuna Novaの活躍に期待しています。